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CHUNITHM【チュウニズム】攻略wiki

藍沢 奏雨

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【キャラ一覧( 無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE / NEW / SUN )】【マップ一覧( NEW / SUN )】


通常碧落一洗のエール

Illustrator:爽々


名前藍沢奏雨(あいざわ かなめ)
年齢16歳
職業高校1年生
  • 2022年4月14日追加
  • NEW ep.Ⅳマップ4(進行度1/NEW時点で315マス/累計800マス*1)課題曲「Be4Step」クリアで入手。
  • トランスフォームで「藍沢 奏雨/碧落一洗のエール」へと名前とグラフィックが変化する。

中学時代は水泳部に所属していた吹奏楽部の女子学生。

中学時代でのいざこざがきっかけでしばらく親友と疎遠になった彼女は、親友の再会を機に何を思うのか。


トランスフォームの名義に使われている「碧落一洗」とは、大空を雨でひと洗いする意から、空ががらりと晴れ渡ることを意味する四字熟語である。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1コンボエクステンド×5
5×1
10×5
15×1
25限界突破の証×1
50真・限界突破の証×1
100絆・限界突破の証×1

  • コンボエクステンド【NEW】 [COMBO]
  • 一定コンボごとにボーナスがあるスキル。
  • PARADISE LOSTまでのコンボエクステンドと同じスキル。
  • 強化版であるコンボエクステンド・フォルテや特定のコンボ数を達成することでボーナスが得られるコンボエッジがなくなり、唯一TECHNICAL系のスキルで残った。
  • NEW初回プレイ時に入手できるスキルシードは、PARADISE LOSTまでに入手したBOOST系スキルの合計所持数と合計グレードに応じて変化する(推定最大99個(GRADE100))。
  • スキルシードは300個以上入手できるが、GRADE300でボーナスの増加が打ち止めとなる
  • CHUNITHM SUNにて、スキル名称が「コンボエクステンド」から変更された。
効果
100コンボごとにボーナス +????
GRADEボーナス
1+2500
2+2505
21+2600
41+2700
61+2800
81+2900
100+2995
▲PARADISE LOST引継ぎ上限
101+3000
141+3200
181+3400
221+3600
261+3800
300~+3995
推定データ
n+2495
+(n x 5)
シード+1+5
シード+5+25
プレイ環境と最大GRADEの関係
開始時期最大GRADEボーナス
NEW+121+3100
NEW277+3880
~PARADISE×376+3995
2022/7/21時点
GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数1
(ゲージ5本~9本)

※NEW稼働時点でゲージ5本以降の到達に必要な総ゲージ量が変更。必要なゲージ量を検証する必要があります。

  • ノルマが変わるGRADEのみ抜粋して表記。
GRADE5本6本7本8本9本
1815222939
7815222938
16714212838
20714212837
35714212736
41714202736
50714202735
55713202635
66713202634
70713192634
77713192534
83713192533
101612182432
121612182431
128612182331
137612172331
141612172330
156611172230
164611172229
176611162229
187611162128
213611162127
221510152027
240510152026
259510151926
269510151925
273510141925

GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数2
(ゲージ10本以上)

※NEW稼働時点でゲージ5本以降の到達に必要な総ゲージ量が変更。必要なゲージ量を検証する必要があります。

  • ノルマが変わるGRADEのみ抜粋して表記。
  • 水色の部分はWORLD'S ENDの特定譜面でのみ到達可能。
GRADE10本11本12本
14860
104859
124759
194758
234658
284657
354557
374556
474455
574454
604354
684353
734253
784252
874152
904151
1014050
1144049
1173949
1263948
1333848
1403847
1503747
1543746
1683645
1833644
1873544
1993543
2073443
2163442
2293342
2333341
2513240
2713239
2763139
2913138
筐体内で入手できる所有キャラ
  • 登場時に入手期間が指定されていないマップで入手できるキャラ。
CHUNITHMマップで入手できるキャラクター
Verマップエリア
(マス数)
累計*2
(短縮)
キャラクター
NEWep.Ⅰ
side.A
4
(95マス)
190マス
(-40マス)
ちずこ
ep.Ⅰ
sideB
6
(165マス)
480マス
(-80マス)
コタロー
NEW+ep.Ⅳ4
(315マス)
830マス
(-20マス)
藍沢 奏雨※1

※1:初期状態ではエリア1以外が全てロックされている。

期間限定で入手できる所有キャラ
  • カードメイカーやEVENTマップといった登場時に期間終了日が告知されているキャラ。また、過去に筐体で入手できたが現在は筐体で入手ができなくなったキャラを含む。

▲ ページトップ

ランクテーブル

12345
スキルスキル
678910
スキル
1112131415
スキル
1617181920
 
2122232425
スキル
~50
スキル
~100
スキル

STORY

EPISODE1 私と彼女「まだまだこんなものじゃない。ふたり一緒なら、どこまでだって泳いでいける。そんな気がするんだ」

 全身を使って水をかき分けていく。

 聴き慣れた心地よいノイズと、自分の心臓の音。

 そして時折、遠くから誰かを応援する声がくぐもって聞こえる。


 「いけー! かなめー!!」


 口々に呼ばれているのは、私の名前だ。

 私は目の前の水を必死に手繰り寄せながら、不思議と冷静にその声達を聞いていた。


 「まりあー! スパートかけてー!!」


 遊馬万里亜。彼女の名前が、私の名前と競うように叫ばれている。

 そう、私たちは今競っている。

 直接視界で確認しなくても感覚で分かった。

 隣のレーンを泳ぐ万里亜との差は、ほとんどない。

 小学生から別々のスイミングスクールで水泳を習っていた私たちは、中学入学と同時に入った水泳部で初めて出会った。

 それ以来、こうして抜いたり抜かれたり。

 切磋琢磨しながら競泳に打ち込み続けて早3年目。

 私たちは3年生として最後の大会の優勝を目指して、少しでもタイムを縮めようといつも以上に気合を入れて泳いでいる。

 ゴーグル越しにプールの壁が見えた。

 焦らない。無理にリズムを崩さない。基本を胸に銘じながら泳ぎ切る。

 やがて指が壁に触れた瞬間、私は思い切り息を吐きながら水面から顔を出した。


 「よし! 二人とも自己ベストだ!」


 プールサイドには、ラフなセパレートの水着の上から薄いパーカーを羽織った顧問の高木先生が立っていた。

 先生はストップウォッチ片手にそう告げると、水面に浮かぶ私たちに続けて言う。


 「奏雨、万里亜、さすがはウチのエース二人だな!」


 同時に、私たちの泳ぎを観戦していた部のみんなから歓声が湧く。

 自己ベストを記録したのは素直に嬉しい。でも、私にはそれよりもっと気になることがある。


 「先生、勝ったのはどっちですか?」

 「ふふ、やっぱり気になるのはそこか。僅差で奏雨の勝ちだ」


 その言葉に思わず顔が綻ぶ私とは対照的に、隣のレーンの万里亜から声が上がった。


 「あー、また奏雨ちゃんを抜けなかったー! 最近連敗続きだよー!」


 口を尖らせつつ言いながらも、万里亜の顔からはさほど悔しさを感じられない。それどころか、負けたことすら楽しんでいるかのような笑顔だった。


 「これで私の5連勝だね、万里亜」

 「奏雨ちゃん速いんだもん~」

 「万里亜は勝負への情熱が足りないんだよ」

 「うう……だって、奏雨ちゃんと泳げるだけで楽しいから~」


 子供みたいに俯いてしょげる万里亜。こんな光景を何度も繰り返しながら、私たちは速くなってきた。

 一足先にプールから上がった私は、万里亜を引っ張り上げようと手を伸ばす。その手を、万里亜がしっかりと握り締める。


 「……絶対勝とうね。それで、一緒に全国大会に行こう」

 「奏雨ちゃんが言うなら、きっとそうなるね!」


 プールサイドに上がり、キャップを外した髪をかきあげながら、万里亜は私にそう答えた。

 こちらを見据える穏やかな瞳。

 その瞳を見ていると、なぜか自信が湧いてくる。

 いつも自由で、明るくて、ぽわっとしてるけど掴みどころがなくて、天真爛漫という言葉が誰より似合う、私とは正反対な女の子。

 遊馬万里亜は私のライバル。そして、私の親友。

 正直に言うと、この3年間私は他の部員のことなど目に入ってなかった。

 万里亜と二人で競い合っていれば。

 私と万里亜の二人なら、大海原を遊ぶように泳ぐイルカみたいに、どこまでも速く泳げるような気がしていた。

EPISODE2 目指した景色は「約束したじゃん。絶対……絶対、全国に行こうって。それなのに……そんな簡単に諦めるなんて……」

 私は……ううん、私たちは――全国大会には行けなかった。

 “絶対”なんて言葉、どうして口にしていたのか自分で不思議に思うくらい、現実はどこまでも非情だった。

 全国への選抜を兼ねた地区大会。

 私たちの中学3年間は、ここで終わった。


 「――以上で今大会を終了いたします! 大変混雑しますので、各学校でまとまって順番に退出してください!」


 大会実行委員であるどこかの学校の子が、ザラザラとした拡声器越しの声で言う。

 その声が競技場内に反響した途端、緊張のスイッチが切れたように周囲は一気に賑やかになる。


 「終わったー」

 「今日調子よかったわ~」

 「来年リベンジだな」


 そんな言葉がいくつも飛び交って、やがて少しずつどこかへ消えていく。

 でもただ一人。私はその場に立ち尽くしていた。

 水着はとっくに乾いてる。それ以上に乾いた唇をぽかんと開いたまま、動けずにいる。


 「……奏雨ちゃん。更衣室、行こ」


 隣にやってきた万里亜が声をかけてくるけれど、それに反応できない。

 最後の大会が終わったこと。全国への切符をつかめなかったこと。

 いろんなことが頭を巡っていて、自分が取るべき行動を判断できずにいた。


 「あまり遅れると、みんなを待たせちゃうよ」

 「……そう、だね」

 「悔しかったね」

 「…………」


 そう、私は悔しい。

 悔しくて悔しくて、許せない。

 他の誰でもない。自分自身を。


 『もっと頑張れたでしょ?』

 『どこかで油断してたでしょ?』

 『自分の実力を見誤ってたでしょ?』 


 自分を責める言葉ばかりが次々と浮かんできて、怒りの感情で胸がいっぱいになっていく。

 それは私の胸だけでは抱えきれなくなり、やがて溢れるように涙となって視界が潤む。


 そんな私の様子を心配そうに見つめていた万里亜が、精一杯明るい口調を絞り出すように、こう言った。


 「入賞まであとちょっとだったし、次はきっと勝てるよ!」


 それは私のことを気遣って、元気付けようとして。

 万里亜なりの優しい言葉なのだと分かっていた。

 分かっていたのに、それでも私は許せなかった。

 全国に行こうって二人で約束したのに。

 本気だったら、嘘でも笑顔なんて作れない。


 「…………何それ」

 「え?」

 「次って……次って何!? 最後の大会だよ!? 次なんてどこにもないじゃん!!」

 「え……っと……」


 大きな声を出す私に、驚く万里亜の顔が見える。

 でも、もう止まらない。


 「“次”なんて考えるから負けるんだよ! 私は今が大事なの! でも……どんなに目を逸らしたって、ここには“負けたという結果”しかない!!」

 「奏雨ちゃん……その、ごめんね……」


 万里亜が謝る言葉を聞き終わらないうちに、私はその場から駆け出した。

 更衣室に飛び込むと水着の上から制服を被り、学校が用意したバスに目もくれず、駅へと駆けだす。


 ――全国に行く。私と万里亜はそう約束していた。

 昨日今日誓ったものじゃない。中1の頃から、それだけを目標に泳ぎ続けてきたのだ。

 だけど、苦に思ったことなんて一度もなかった。

 部活の時も、そうじゃない時も。私と万里亜はいつだって一緒で、万里亜がいたから目標は叶うと信じられたから。

 それなのに、万里亜は「次がある」と言った。

 どこにもない「次」を。

 私が見ている景色を、万里亜も見ていたわけじゃなかった。


 電車に飛び乗る。私の乗った車両に他の乗客の姿はない。

 発車ベルが鳴り、電車が動きだす。車輪がレールを踏みしめる振動を座席越しに感じながら、私はやっと一人になれた気がして大きく息を吐いた。


 「私……最っ低……」


 その日から私と万里亜が会話を交わすことは、卒業まで一度としてなかった。

EPISODE3 もう私の場所じゃない「高校生活ってこんなのものかぁ。私には何もない。だけど……別に焦る気持ちもないんだよね」

 昼休みも残り半分を過ぎた。

 ほとんどの生徒は昼食を済ませ、教室にはどことなくゆるい空気が漂っている。

 私は机に上半身を預け、眠るでもなく、起きるでもなく。その空気に抗うことなく全力でだらけきっていた。

 まだ体に馴染んでいない新しい制服。新しいローファー。

 足の形と相性が悪かったのか、高校入学からすでに1ヶ月以上経つというのに、いまだに軽い靴ずれに悩まされている。

 私は靴を脱ぐと、少しだけ憎らしげにそれを足で踏みつけた。

 はたから見たら、だらしなさも相当だろう。でも、どう思われようと気にならない。クラスメイトからの目なんて、あまり興味がない。

 そうやって午後の学校生活を乗り切っていると、近くの席の話し声がなんとなく耳に入ってきた。


 「今使ってるシューズ、やっぱりイマイチだなぁー」

 「もしかして……あおいちゃん、足大きくなったんじゃないかな?」

 「えー!? そんなぁー!」

 「ち、ちがうの、悪い意味じゃなくて……背が伸びたんじゃないかなって」

 「あ、そっか。それじゃあ仕方ないよね!」


 あの二人は、確か県外から進学してきた子だ。

 スポーツ推薦で来た陸上をやっている子と、一般受験の子。

 二人とも寮生活しているはずだけど、スポーツの強いこの高校ではさほど珍しい存在というわけではない。


 「じゃあ放課後、スポーツショップに寄ってみようよ。私、一緒に付き合うよ」

 「いいの? さっすが瑞穂ちゃん! 瑞穂ちゃんが居てくれて ほんとによかったよー!」

 「ふふ。あおいちゃんってば、大げさだよ」


 あの二人は幼なじみだったはず。入学初日、ホームルームでの自己紹介でそう言っていた。

 事実、二人の気兼ねないやりとりは、高校入学からの関係性では作れないくらい自然なものだと感じさせた。

 そんな姿をぼんやりと、うつ伏せたまま横目で眺める。

 前までは 私と万里亜も、ああいう風に見えていたのかな、と。


 「ねえ、藍沢さん!」


 “あおいちゃん”のほうから突然声をかけられて、驚いた私は素っ頓狂な声をあげてしまう。


 「ふぇっ!?」

 「藍沢さんって、もう部活入ってるの?」

 「あ、あおいちゃん! いきなり話しかけたら、藍沢さん困っちゃうよ……!」

 「えー? 大丈夫だよ! 藍沢さん、みんなが思うほど怖い人じゃないし」


 どうやら私は怖がられていたらしい。

 巻き込み事故のように不意打ちで知らされた事実に、内心結構傷つく。


 「えーっと、一応、吹奏楽部だけど」

 「あれ? そうだったんだ。てっきり運動部かと思ってたよ」

 「……なんで?」

 「なんていうか、体型というか印象が……スポーツをしてる人ぽかったから?」


 今度は体型について思い切り刺された。

 自分はそこまでゴツくないと信じていたけれど、見た目で経験者と分かってしまうものなのか。

 今度ばかりはさすがに落ち込みを隠しきれずうなだれていると、“瑞穂ちゃん”が肩を叩きながら言う。


 「も、もう! そんなこと言ったら失礼だよ!」

 「あ! ごめん! そうじゃなくて、僕はスラッとして引き締まってるってことを言いたくて!」

 「別にフォローとかいいから……なんていうか、中学のときちょっと水泳やってただけ。もうやめたけどね。でも、うちの高校部活強制じゃん。だから、なんとなく」

 「……それで、吹奏楽に?」

 「えーっと……肺活量だけは自信あったから」

 「あー、なるほどー!」


 我ながらなんて雑な返しだと思っていたけれど、なぜか二人は大いに納得した様子でしきりに頷いている。

 それから二、三言交わすと、自然と会話はお開きになった。

 ひらひらと手を振ってどこかへ行く二人に、私は適当な笑顔だけで応える。

 私は水泳にきっぱりと見切りをつけ、高校入学と同時に吹奏楽部に入部していた。

 肺活量うんぬんは置いておいて、昔からほのかな憧れがあったからだ。

 中学時代、競技問わず応援に来る吹奏楽部とは接点が多く、競技場の生徒と同じくらい汗をかいて演奏するその姿に少なからず好感を持っていた。

 特に印象的だったのは、どこまでも伸びのある音を高らかに奏でるトランペット。

 だから私もトランペットを選んでみたものの、入部して早々最低限の練習をこなす程度しか部活に打ち込んでいない。どうやら私には、吹奏楽に対する情熱がなかったみたいだ。

 水泳にかけていたような、夢中になれる情熱が。


 「あーあ。部活、行きたくないな……」


 背もたれに体を預け、誰にも聞こえないよう小さくそう呟いた。

 窓の外には校舎と渡り廊下で繋がった別館が見える。

 1階は畳張りの柔道場、その上は屋外プールとなっている小さな建物だ。

 その水面に、どこからか飛んできたのかビニール袋がゆらゆらと漂っている。

 今の私にはすでに縁遠い場所。

 塩素剤混じりのあの香りは、この教室まで届かない。

EPISODE4 望まぬ“久しぶり”「もしかしたらとは思っていたけど、こんなにタイミングよく出くわすなんて。ついてないな……」

 どうしても合わないローファーは潔く諦めて、スニーカーを履くことにした。

 いつの間にか制服の着崩し方も板についてきた気がする。

 気づけば季節は、本格的な夏が始まる少し手前。

 学校に行って授業を受けて、ちっとも上手くならないトランペットを吹いて、たまに友達と遊んで、帰ったら配信サイトで映画を見る。毎日がその繰り返し。

 決して悪くはない、“それなり”としかいいようがない高校生活を私は送っていた。


 頬杖をついて、先生が黒板に書く内容を無心でノートに写す。そのやる気のない文字の上に汗が一滴垂れると、じわりと滲んだ。

 先週からエアコンの調子が悪くなり、修理業者がやってくるまでこの地獄を耐え抜かなければいけないらしい。

 全開にした窓から吹き込んでくる風はちっとも涼しくないくせに、カーテンを窓にバタバタと叩きつける音ばかりうるさくて恨めしい。

 それに気づいたのか、歴史の先生は授業を中座すると、カーテンを留め金でまとめ始めた。

 つられて視線が窓の外へと向く。

 別館の屋上。今週から始まった水泳の授業を受ける生徒たちがプールを泳いでいる。

 授業とは言いつつ、ほとんどの生徒は夏を感じられる分かりやすいイベントを楽しんでいるだけで、聞こえてくるのははしゃぎ声ばかりだった。


 (うちの高校、水泳の授業あるとか……最悪)


 心の中でぼやきながらプールを眺めていると、数人の競泳水着姿の生徒が目についた。

 水泳部は自前の水着を所持しているため、学校指定のスクール水着の購入が免除されている。つまり、あの中で競泳水着を着ている生徒は水泳部に所属しているということだ。

 とはいえ、水泳部の活動は校内に併設された専用の競泳プールで行われていて、別館のプールはあくまで授業用。今はただのイチ生徒として一緒になってはしゃいでいる。

 その中に、紺のスクール水着の集団の中では一際目立つ、白を基調としたデザインの競泳水着を着た女子がいた。

 ――万里亜だ。 

 わずかに見開いた私の目に、久方ぶりにかつての友人の姿が映る。

 万里亜はプールサイドに体育座りしながらクラスメイトとおしゃべりして、時折大笑い。

 白い水着が陽を照り返して目に眩しい。

 でも、それにも劣らないくらい眩しい笑顔の、あの頃と変わらない万里亜だった。


 (ふーん……水泳、続けてたんだ)


 競泳水着は水泳部の証。万里亜が部活を続けていたことを私はこのとき初めて知った。

 万里亜が同じ高校に進学したことは当然知っている。

 なぜなら、同じ高校に通うために一緒にこの学校を志望校に選んだのは、他でもない私だからだ。

 でもあの日、私と万里亜は疎遠になってしまった。とはいえ、中3の夏からわざわざ志望校を変えるようなリスクを取る必要もなければ、そんなあからさまなこともしたくない。

 合格おめでとう、入学おめでとう。そんな会話もない。ただ、同じ校舎にいるだけ。

 なんとなく見ないフリをしていた事実に、たまたまこの瞬間出会ってしまっただけだ。

 私は窓の外の光景から目を逸らし、再び黒板へとまっすぐ向き直した。

 久しぶりに目にした、変わらぬ万里亜の笑顔。そのせいか、万里亜から私に投げかけられた最後の言葉が、頭の中で繰り返し甦る。


 ――ごめんね。


 あの日、万里亜は私にそう言った。

 そんな言葉、言わないで欲しかった。

 私は万里亜と一緒にどこまでも、誰よりも速く泳ぎたかった。

 でも、ごめんねなんて言われたら。

 水泳にかけていた想いが一緒じゃないって、証明しているようなものだったから。


 チャイムが鳴る。

 終わりの挨拶を済ませると、ノートや教科書を一度整頓する。それから教室の後ろにある小さなロッカーからトートバッグを取り出し、私はそれを肩にかけて歩き始めた。

 トートの中にはタオルに化粧ポーチ、それから学校指定のスクール水着を詰め込んである。

 なぜなら、次の水泳の授業は私のクラスだからだ。

 校舎とプール棟を行き来する手段は、渡り廊下を通るしかない。

 これから戻る人。向かう人。

 タイミング次第では――


 「奏雨……ちゃん」


 まだ乾き切っていない髪を頬に張り付けた万里亜が、廊下の向こうで私の名を呼んでいた。

EPISODE5 薄っぺらい私たち「それらしく取り繕うなんて、よくあることじゃん。なのにどうして。苦しくてたまらないよ」

 「……万里亜」

 「奏雨ちゃん、元気だった?」

 「まぁ……普通」

 「そっか。学校同じなのに、全然会えなかったね」

 「うち、生徒数多いから」

 「そう、だね……」


 定型文を投げ合うような薄っぺらい会話。

 クラスメイトの幼なじみペアとは似ても似つかない、不自然で居心地の悪い空気。

 無理もない。私たちは友達“だった”関係で、そうさせたのは私だから。

 ここで会話を終わらせてもいい。でも、私にはどうしても指摘しなければいけないことがあった。

 指の代わりに顎でそれを指し示しながら、私は万里亜に問いかける。


 「まだ続けてるんだ」

 「え? あ……」


 何について聞かれているのか分からなかった万里亜だったが、私の視線が持っているスポーツバッグに向けられていることにすぐに気づいた。

 バッグにはうちの高校の名前と『スイミングクラブ』の文字が、角ばったアルファベットで大きくプリントされている。


 「うん……そうなの。まだ頑張ってるよ」

 「へぇ」


 正直言うと、てっきりやめているものだと思っていた。

 だって万里亜と私は違ったから。

 今思い返せば「全国目指そう」だとか大きな目標を口にするのはいつも私で、万里亜は頷くだけ。そこに本人の気持ちなんてなかったのだろう。

 だから続ける理由もないはずだ。


 「まあ分かるよ。子供の頃からやってたし、やめるのももったいないしね」

 「違っ……そんな理由じゃ……」


 何かを言いかけていた万里亜が口をつぐんだと思うと、小さく呟くようにこぼす。


 「そっか……そう思われても仕方ないよね……」

 「何が?」

 「ううん。なんでもない」

 「…………」


 沈黙が続く。授業も始まるし、これ以上居心地の悪い空気を味わう必要もない。

 私は軽く「じゃ」とだけ言うと、万里亜の横を抜けてプール棟へ向かおうとする。

 その瞬間、私はふいに腕を掴まれた。

 助けたり、助けられたり。かつて何度も握った手に。


 「奏雨ちゃん!」

 「……なに?」

 「私たち、これから普通に話せるよね。ほら、その……同じ学校だし」

 「あー……」


 別に喧嘩別れしたわけでもない。なんとなく気まずくて、今日の今日まで顔を合わせなかった。ただそれだけのこと。

 だから言える。薄っぺらく、軽々しく――。


 「そうだね。私たち、“友達”だし」

 「うん。“友達”……だもんね」


 そう言い合ってから、私たちは今度こそ入れ違うように別れた。

 「いつか遊ぼう」と約束したものの、その「いつか」が訪れることがないなんて、別に珍しいことじゃない。実際、中学の友達とは卒業以来ほとんど会っていない。

 よくある社交辞令だ。

 だから気にする必要なんてない。言葉は言葉でしかないし、そういうもので人間関係が成り立つこともあるということくらい、高校生にもなれば理解できる。

 でも、それでも。

 こんなにも胸が痛いのはなぜなのだろう。

 気持ちの正体が分からないまま、私は思い切り更衣室のドアを開ける。

 初めて使うはずの更衣室。なのに、漂う空気はやけに私に馴染んでいた。

EPISODE6 ブランク「ある意味、今日ここに来れてよかったのかも。去年までの私と、さよならすることができたから」

 もしも校舎内で顔を合わせることがあれば、軽く言葉を交わす。それくらいの距離感で高校生活を終えればいい。そう思っていた。

 でも、そうはならなかった。

 渡り廊下で万里亜と再会した日から時を置かず、放課後帰り支度をしていた私の元へやってきた水泳部の顧問がこう言ったのだ。


 「藍沢がうちの高校に来ていたとは気づかなかったな。中学時代、良い泳ぎをする選手だなと一目置いていたんだ。それでだな、ひとつ頼みがあるんだが……」


 もうすぐ夏休み。その期間を利用した水泳部による夏大会前の強化合宿。1年ながら選抜メンバーに選ばれていた万里亜が、合宿中のトレーニングパートナーとして私を指名したのだという。

 本来なら部員でもない私が参加することなどあり得ないはずだが、不運なことに顧問の先生は中学時代の私を知ってしまっていた。本格的な経験者なら任せられるとでも判断したのだろう。

 当然、私は拒否する。万里亜がなぜこんなことを言い出したのかも分からないし、どう考えても気まずくて仕方なくなるのは目に見えてる。

 分かりきった最悪の未来にあえて踏み込むほど私はバカじゃない。

 歳を感じさせないほど元気なおばあちゃんのお見舞いをでっち上げてみたり、通ってもいない塾の夏季講習を言い訳にしたり。でも次々看破され、やぶれかぶれで吹奏楽部の練習があると言ってみたものの「吹奏楽部には許可を取ってある」の一言で、私は諦めてうなだれた。


 そうして私は、山の中にある公立の合宿所にやってくる羽目になった。

 空は快晴。見上げるとゴーグル越しでも太陽が眩しい。

 それを眺めながら、私は「結局今年も焼けちゃうなぁ」なんてことをぼんやり考えていた。

 スイムキャップの中にまとめた髪。すんなりと“入ってしまった”中学時代の競泳水着。

 足元には――スタート台。

 万里亜のトレーニングをサポートするだけだったはずなのに。

 私はなぜか今、スタートを告げるホイッスルの音を待っている。

 隣のレーンに立つ万里亜が、口を開く。


 「ごめんね、奏雨ちゃん。無理言って」

 「……いいよ。ここまで来たらもうどうとでもなれーって感じだから」

 「あはは。でも、泳ぐの受けてくれてありがとう」

 「単位くれるらしいからね。体育、結構休んじゃったし」

 「そう……なんだ。あのね、奏雨ちゃん――」

 「しっ。始まるよ」


 ホイッスルを持った顧問の先生がやってきた。

 プールサイドには水泳部の人たちがまるで何かのイベントを楽しむように私と万里亜を見ている。

 その中には中学時代に大会で何度か見かけたことのある顔もある。

 合宿初日から練習もそこそこに万里亜からお願いされたこと。

 それは「私と勝負してほしい」というものだった。

 ――ピッ。

 耳をつく高い音が響く。私は1年ぶりにプールの水へと指先から飛び込んだ。

 着水すると同時に、私は腕をまっすぐ伸ばしたままドルフィンキックを打って水中に波を巻き起こす。

 それから水面に浮上して、腕のストローク、キックのビート、息継ぎのタイミング。

 まだ体が覚えている。

 イヤというほど繰り返した動き、景色。

 でも、ひとつだけあの頃と決定的に違うことがある。

 いつも僅差で並走していた万里亜の姿が、すでに数メートル先にいたのだ。

 短水路のプールの壁をクイックターンで蹴りつけるたび、その差は広がりやがて万里亜の姿は見えなくなっていく。


 (万里亜、速いじゃん……)


 不思議とショックは受けていない。1年も何もしなければ差がつくことなんて分かってる。

 そんなことよりも、私は現在の万里亜の実力のほうに驚いていた。

 1年で鈍るのは簡単だけど、1年で急成長するのは難しい。

 ここまでの成長を遂げるには相当な努力をしてきたはずだ。


 「ぷはっ!」


 ゴールと同時に顔を上げた私を、すでにプールから上がっていた万里亜が待っていた。

 差し出された手を握ると、勢いよく引っ張られるのに合わせて私も軽く跳ねる。

 そのままプールサイドに転がるように上がった私は、立ち上がることもできずにお尻をついたまま空を仰ぐ。


 「藍沢! やるじゃないか! ブランクがあるとはいえ、ここまで泳げるのは大したもんだ。まだまだいけるんじゃないか」


 そばにやってきた顧問の先生が感心しきった顔で言うと、周りの部員からも「復帰しろー藍沢ー!」という声が飛んできた。

 今度は軽く肩で息をしている万里亜が笑いながら言う。


 「奏雨ちゃん、復帰する?」

 「……無理だよ。1本泳いだだけで、もう腕も脚もパンパン」

 「もったいない」

 「もう、終わったことだよ」


 そう言うと、万里亜は寂しそうな笑顔を浮かべて「そっか」とだけ呟いた。

 私は立ち上がり、体をほぐすように軽くストレッチをすると、一度だけ大きく伸びをした。

 なんだか清々しい気分だ。心の中に残っていた澱のようなものが流された気がする。

 久しぶりに泳いで、あの頃のようにワクワクしない自分に気づいてしまった。

 私が競技者として泳ぐことはもうない。そんな予感がする。

 なのに不思議と、悲しくはならなかった。

EPISODE7 私に向き合う人「そんなこと……今まで一言だって……ううん。言わせなかったのは私のせいだ」

 5日間の合宿は滞りなく行われた。

 私はといえば、万里亜のフォームチェックやストレッチの相手に留まらず、苦手箇所を克服するための個人練習メニューの作成まで、まるで本当にトレーナーになったような仕事をこなしていた。

 その上、部屋は万里亜と相部屋。必然的に二人で過ごす時間は多くなる。

 気まずさはあるものの、ぎこちない雰囲気にならないよう努める。無駄話もするし、冗談に笑うこともある。

 どうせ引き受けてしまったからには私はやるべきことをやりたいし、万里亜も実力を上げるためにここに来ている。そこに余計な要素を入れたくないから。

 それ以上でも以下でもない、どこにでもいる“友達”として。


 全ての練習が終わり、翌日の解散を控えるだけとなった最終日の夜。私はトランペットの入ったケースを背負って合宿所の裏手にある大きな川へ向かおうとしていた。

 水泳部に引っ張り出されたものの、吹奏楽部としての活動だってある。夏休み用に出された課題を吹けるようになるために、私は毎晩練習を続けていた。

 川へ行く前に飲み物を買っておこうと、食堂に設置してある自動販売機を目指す。

 最終日の夜だ、開放感もある。部員のほとんどは誰かの部屋に集まって盛り上がっているはず。だから、いつもなら誰かしらたむろしているはずの食堂も静かなものだ。

 小銭を入れてボタンを押すと、乱暴な音を立ててペットボトルのお茶が落ちる。取り出し口からそれを手に取ると、ふと後ろから声をかけられた。


 「おお、藍沢。今日も練習か」

 「あ、先生。あまり遅くならないようにするので」

 「ははは。藍沢はしっかりしてるからあまり心配はしてないが、気をつけてな」

 「はい」


 顧問の先生は一度だけ頭を掻くと、先ほどまでとは違った少し真剣な表情になって続ける。


 「ありがとな、藍沢。お前が来てくれて本当に助かったよ」

 「大したことできませんでしたけど、お役に立てたならよかったです」

 「俺もどうなるか分からなかったが、役に立ったなんてもんじゃなかったぞ。遊馬にとって良かったんだろう」


 わざわざ部外者である私を指名してまで合宿に呼び出した万里亜。合宿中、その理由を尋ねてはみたが「私の泳ぎは奏雨ちゃんがよく知ってるから」という、なんともふわっとした答えしか返ってはこなかった。


 「っていうか今更ですけど、こんな風に部外者を呼んだりすることってよくあるんですか? 場合によっては先生も怒られるんじゃないです?」

 「あー、それな……うん、そうなんだが……」


 突然歯切れが悪くなった様子に少々面食らう。割と冗談まじりに言ったつもりだったのだけど伝わらなかったのだろうか。あまり愛想がないのは自覚しているが、本気で責めたわけではないのに。

 軽く落ち込む私をよそに何かを考えていた先生だったが、覚悟を決めたように事の経緯を語り出す。

 それは、少なからず私にとって驚くべきことだった。


 「遊馬がな、藍沢を呼ばないと水泳部をやめるって言ったんだよ。ワガママを言うような奴でもないし最初は冗談かと思ったが、どうやら本気らしくてな。遊馬はうちの次期エース、やめられるのは惜しい。かといってそんな特例を許すわけにもいかないんだが……聞いてみれば遊馬のいう藍沢っていうのがあの藍沢じゃないか。去年までバリバリ競技してた奴ならなんとかなると思って、ねじこんだんだ。すまなかった」

 「そう、だったんですか。なんでそこまでして……」

 「この話、遊馬には口止めされてるんだ。でも、藍沢には伝えなきゃいけないと思ったんだよ」

 「私に?」

 「ああ。お前たち、何かあったんだろ?」

 「……どうして分かるんですか」

 「俺は大人で、一応教員だからな。なんていうか……競技の成績も大切だが、悔いのない高校生活を送って欲しいんだよ。とはいえ説教なんてするつもりはない。ただ、明かしたほうがいいと俺が判断した。それだけだ」

 「でも結果的に万里亜との約束は破ってますよね」

 「そうなんだよぉ~絶対秘密にしておいてくれよなぁ~」

 「あはは。考えておきます」


 今度こそ私の冗談まじりにチクッと刺した言葉が伝わったのか、大袈裟な泣き顔を作って答えた先生に笑ってから、私は川へと向かう。

 周囲に民家はないけれど、念のため音を小さくする練習用ミュートをつけてから、私は水面へ向かってトランペットを吹いた。


 万里亜は私に何を求めているのだろうか。

 それは万里亜にしか分からない。

 ならば、できることはひとつ。本人に真意を問いただすしかない。


 そんなことを考えながら身の入らない練習をしていると、ふと拍手の音が聞こえてきた。

 振り返った先には、Tシャツにハーフパンツ姿の万里亜。


 「すごい。上手だね、奏雨ちゃん」

 「冗談。音はヨレヨレだし指は追いついてないし。かろうじて音が出てるレベルだよ」

 「そうなの? ちゃんと曲になってたし、奏雨ちゃん頑張ったんだな~って思ったよ」

 「っ……」


 頑張ったなんて言えない。私はなんとなくの練習くらいしかしていない。

 頑張ったのは万里亜だよ。前よりもっといい泳ぎをするようになってる。

 そんな言葉が思わず出そうになったが、それを飲み込んだ。どんな理由があるにせよ万里亜を突き放したのは私で、私と万里亜は対等ではないから。

 それに今は別に聞くべきことがある。

 私は心の中で「先生ごめんなさい」と謝ってから、ニコニコしている万里亜に向かって切り出した。


 「なんで私を合宿に呼んだの。部活やめるなんてまで言って」

 「あ、もしかして先生から?」

 「うん」

 「あーあ、先生おしゃべりだ~」


 おどけたように笑う万里亜だったけど、流されない。

 先生が言う通り、私は聞いておかなくちゃいけない気がする。それがどんな理由であっても。

 私が真剣だというのが伝わったのか、万里亜の笑顔が一瞬苦笑いに変わったかと思うと、ぽつぽつと零すように語り出す。


 「……本当はね、中3の大会が終わったとき、私も水泳やめるつもりだったの。でもそこでやめたら、水泳なんてどうでもよかったんだって奏雨ちゃんに思われたままになっちゃうから。それなら、うんと速くなれば“私は本気だよ”ってことが伝わるんじゃないかって思ったんだ」

 「そんなこと……考えてたの」

 「えへへ。バカだよね。だから選抜メンバーにも選ばれて、私頑張ってるよ、本気で泳いでるよっていう姿を奏雨ちゃんに見て欲しくて、無理言って合宿に来てもらうよう頼んだの」

 「そんな……それならそうと直接言えばよかったじゃん!」

 「言えないよ」


 そうキッパリ言い切った万里亜の目に、涙が滲んでいる。


 「私、ひどいこと言っちゃったから。奏雨ちゃんが誰よりも夢に本気なことを一番知ってたのは私なのに」

 「それは……確かにショックだったし腹もたったけど……言ってくれれば分からないほど頑固じゃないよ、私」

 「ううん。だって、あの言葉は半分本心だったから。本気で全国目指してたのは嘘じゃないけど、私は奏雨ちゃんと一緒に泳げることが一番好きだったから。私が泳ぐ理由は、奏雨ちゃんが全部だったから。嘘はつきたくない……だから取り消すなんてできなかった」


 涙を流しながら無理やり笑顔を作ったせいで、顔がくしゃくしゃになっている。


 万里亜は「私がいるから泳いだ」のだと言った。

 じゃあ、私は? 私はそうじゃなかった?

 きつい練習を乗り越えるのも、笑ったり怒ったり泣いたりしながら泳ぐことを楽しみ続けられたのも、全部一人きりでできた?

 違うでしょ。藍沢奏雨。

 どれもこれも、万里亜がいたから出来たことだよ。

 私だって「万里亜と一緒に泳ぐ水泳が好き」なだけだったんだ。


 「選抜メンバーに選ばれて気が抜けちゃったのかな。実は最近ずっとタイムが落ちてて。でも奏雨ちゃんが合宿に来てくれて、本当に嬉しかった! 奏雨ちゃんがいるだけで、まるで昔に戻ったみたいに楽しかったの! 本当に、本当に……楽しかった」

 「万里亜……」

 「私の話はこれでおしまい! いっぱい迷惑かけてごめんね!」

 「迷惑だなんて――」

 「今日まで友達のフリしてくれて、ありがとう」


 『違う』『そんなつもりじゃない』とは言えなかった。

 確かに私は、“友達のフリ”をしていたから。

 万里亜の気持ちにも気づかず、自分の気持ちにも気づかず。

 誰かのせいにして、不貞腐れて、意固地がない、かっこ悪い女。


 「じゃあ、先に帰るね。今日も疲れているだろうしあまり遅くならないようにね。おやすみ」


 万里亜が立ち去ろうとする。

 私は何か言おうとするも投げかけるべき言葉が見つからず、ただ喉の奥を鳴らすだけ。

 言え、言うんだ、私。

 まっすぐ向き合ってくれた万里亜に、私も応えるんだ。


 「……おやすみ」


 無理やり絞り出すようにそう呟いたのは、とっくに万里亜がいなくなったあとだった。

EPISODE8 藍沢奏雨と遊馬万里亜「勝手だと思うけど、もう一度言わせてほしいんだ。「おやすみ」、それから「また明日」って」

 夏休みも折り返した頃。吹奏楽部の全体練習のため、休みにもかかわらず私は毎日のように学校に来ていた。

 せっかくの休みを潰されて不満を言う部員たちには大いに同意するが、実はそこまで苦ではない。

 運動部出身にとってこういうことは慣れたものだ。

 全体練習とはいうものの、私のようなヘタクソな一年がアンサンブルに加われるはずがなく。もっぱらパートごとに分かれた班での個人練習が続く。

 時折、他の部員の金銀に磨かれた管楽器が陽の光を反射する。眩しくて、目を逸らすように窓の外へと視線を向けた。

 今日は近くの競技場で競泳の大会が行われているはずだ。

 万里亜が参加する、夏の大会が。


 練習に一区切りつけ、自主的に休憩を取る。

 私はおもむろに通学バッグからスマホを取り出して、メッセージアプリを起動した。

 履歴をしばらく下にスクロールさせて、やっと万里亜の名前を見つける。


 『おやすみ』

 『おやすみ! じゃあ、また明日ね!』


 最後のやりとりの横には去年の今頃だと分かる日付が記されている。

 あの大会の前日の夜だ。

 あれからもう、1年が経っていた。


 (なんか送ったほうがいいのかな……)


 合宿最終日の夜から、結局何もできずにいる。

 勇気を出した万里亜と比べて、私は本当に臆病者だ。

 深く大きなため息をついて、自分の情けなさに失望しているその時だった。手に持ったスマホがブルッと振動して何かしらの通知があることを知らせてくる。

 画面を覗いた私は驚く。去年を最後に終わったはずのやりとりに、新しいメッセージが更新されていたのだ。


 『奏雨ちゃんにこうやってメッセージを送るのも久しぶりだね。この間の合宿はお疲れ様。実は今日大会なんだ。もうすぐ出番だけど、その前にどうしても奏雨ちゃんに伝えておくことがあって、送らせてもらうね』


 万里亜からのメッセージだ。

 今まさに打ち込んでいる最中なのだろう。文章は一旦区切られている。

 私はスマホを注視したまま、黙って続きを待つ。


 『せっかく合宿に来てもらったのに、あれからやっぱり調子があがらないんだ。奏雨ちゃんに見てもらうために泳ぐなんて不純な気持ちだったから……ううん、元々ここが私の限界だったのかも』


 『だからこの大会で良い成績を残せなかったら、私……水泳やめる。これ以上続けても意味がないし、みんなの迷惑になるから』


 『それでね、もし私が水泳やめたことを後から奏雨ちゃんが知って「自分のせいだー」なんて思わないように、先に伝えようと思ったの。奏雨ちゃんのせいなんかじゃ絶対にないから、気にしないでね。色々ありがとう』


 『それと、ごめんね』


 数回に分けて送られてきた、万里亜からのメッセージ。

 その内容は、うじうじする私の背中を押すには十分すぎるものだった。

 私は万里亜がスマホの前から去るのを引き止めるように、内容は無視して急いで返信する。


 『まりあのでばんはいつ 』


 功を奏したのか、すぐに万里亜からも返ってくる。


 『わっ、ビックリした。奏雨ちゃん返信早い!』

 『今はそういうのいいから。出番はいつなの』

 『次のプログラムだよ~。最後の大会かもなのに全然緊張してないの。えへへ』


 時間はあまり残されていない。

 私は万里亜とのやりとりを切り上げて立ち上がる。

 そのままパート班のリーダーである先輩の前までつかつかと歩み寄ると、悪びれることなくこう言った。


 「先輩すみません。ちょっと抜けさせてもらいます」

 「えっ、どうしたの」

 「どうしてもやらなきゃいけないことがあって」

 「一応部活中だから、理由だけ聞いてもいいかな」


 私は一瞬考えたが、これ以外に適切な言葉はないだろうと思い、堂々と言い放つ。


 「応援です!」

 「そっかぁ、応援かぁ。ふふ、吹奏楽部としては応援って言われたら仕方ないなー。いいよ。部長には上手いこと言っておくから、行っておいで」

 「ありがとうございます!」


 私は頭を下げるや否や、トランペットと譜面台を抱えたまま教室を飛び出した。

 飛び降りるように階段を駆け下りて、校舎を後にする。

 急ぐ気持ちに体がついてこなくて、何度も転びそうになりながらも走り続ける。

 正門ではなく関係者通用口から敷地外に出ると、学校の裏手にある川沿いの土手が見えた。

 走る速度にブレーキはかけず、転がるようにその土手を滑り降りていく。


 ――もうウジウジと足踏みしている場合じゃない。

 最初から今まで、万里亜はずっと万里亜だった。

 勝手に期待して、勝手に落ち込んで、勝手に突き放したのは私だ。

 万里亜がどういう選択を取っても、私は止めない。だけど、一生懸命頑張ってきたものをこんな形で終わらせたくない。

 そのために、私ができること。

 私が万里亜のためにできることは、これしかない。


 河川敷のアスファルトの上に突き刺すように譜面台を立てると、荒い息を整えながらポケットのスマホを取り出す。

 万里亜の名前をタップして電話をかけると、ワンコールで通話が繋がった。


 『ど、どうしたの?』

 「まだ時間大丈夫かな」

 『もう少しなら……』

 「一個だけ聞かせて、万里亜」

 『うん……なあに?』


 言おうとして、もしもイエスと言われたらと思うと、一瞬ためらってしまう。


 「……水泳、嫌いになった?」

 『あはは。嫌いだったらこんなに続けられないよ』

 「分かった。じゃあ私、応援する。万里亜のこと、応援する」

 『ありがとう……でも応援って?』

 「……聴いて、万里亜」


 スマホを譜面台に立てかけて、トランペットを構える。

 私の音が、声が。届くかなんて分からないけど。

 それでも、どんな生徒の応援する声より、どんな水しぶきの音より、何よりも大きく、まっすぐ、万里亜へと伝えるだけ。

 そんな思いを込めながら、私はトランペットを吹いた。

 昔流行ったポップスをアレンジした、応援合戦で使うにもベタすぎるナンバー。

 ここまで走ってきたから、いつも以上に息はヨレヨレで聴くに耐えない演奏かもしれない。

 でも、今は構わない。


 届け、届け――!


 そう思いを込めながら。

 夏の空に浮かぶ入道雲を突き抜けるくらい、私は思い切り吹いた――。


 ワンコーラス分吹き終えて、スマホを耳に当てる。

 スピーカーの向こうからは、万里亜のしゃくりあげる声が聞こえてくる。


 「……応援、聞こえた?」

 『聞こえたよ……奏雨ちゃん……』

 「私がついてるから。万里亜はひとりじゃない、ふたり一緒だよ」

 『うん……うん……ありがとう……私、行ってくる……!』


 通話を切って、私はスマホを両手で握り抱きしめながら、万里亜が全力で泳げるようにあらためて強く祈った。


 「……こっちこそありがとう、万里亜」


 頬を伝う汗を手の甲で拭き取ってから、空を見上げる。

 私にとって一番大切なものが何か、やっと分かった気がした――。


 ――やがて夏も終わり、長袖シャツのありがたさを感じ始める頃。私は相変わらず机に突っ伏して昼休みを過ごしていた。

 特に代わり映えのない毎日。強いて言えば、前よりも多少は張り切って吹奏楽部で活動しているくらい。水泳部に復帰するような変にドラマチックな出来事もない。

 それは万里亜も同じ。今も万里亜は、期待のエース候補として毎日のように練習している。

 変わらないし、終わらない。

 それは、部活だけの話ではなくて。


 「あれ? 奏雨ちゃん ってお弁当だよね? お昼食べないの?」

 「あーいや、そういうわけじゃないけど……」


 昼休みに入ったというのに食事もしない私を心配して、あおいが声をかけてきた。

 本当は私だって食べたい。すでに2時間目からお腹が空いているのだ。


 「もしかしてダイエット?」

 「まさか。私、しっかり食べないと動けなくなるタイプ」

 「じゃあ……」


 なぜかクイズのように理由を考えはじめたところで、横から瑞穂が割って入ってきた。


 「違うよ、あおいちゃん。藍沢さんは、ほら……」

 「あ、そっか! 待ってるんだね!」


 きっと4時間目が移動教室だったから遅れているんだろう。

 結構ぽわっとしてるところがあるから、今頃慌てて転びそうになってるかもしれない。

 別にお昼くらい自分の教室で食べればいいのに、どうしてもと譲らない妙に頑固なところは相変わらずだ。

 ガラッと音を立てて、教室の入り口にある引き戸が開け放たれる。

 ショートボブの毛先を揺らして、申し訳なさそうな顔をしている姿が見えた。

 私のことが世界一大好きで、私が世界一大好きな女の子。

 それはこれからも、きっと変わらない。


 「お待たせ~奏雨ちゃん~!」

 「遅いよ、万里亜」


 屈託のない笑顔につられて、思わず私も笑う。

 愛想のない私にしては良い笑顔ができたかな――。

 バッグからお弁当箱を取り出しながら、私はそんなことを考えていた。

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■ 楽曲
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WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
マップ一覧

脚注
  • *1 マップ短縮60マスを含む
  • *2 エリア1から順に進む場合
コメント (藍沢 奏雨)
  • 総コメント数11
  • 最終投稿日時 2023/06/27 00:20
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